※本作品にはR-18程度の性的表現が含まれます。18歳未満の方は閲覧をお控えください。


「では、私から話そうか」

 互いに探り合うようなしばしの沈黙の後、そう口火を切ったのは、青い眼鏡の紳士だった。誰からも異論の出ないのを確かめると、彼は膝に頬杖をついて、やや思案した後、穏やかな声で語り始めた。

「少し空想がかった話だから、おとぎ話らしく昔々で始めるとしよう。

 ……昔々、ある堅牢なお城に、ひとりの少年が住んでいた。少年は高貴な生まれだったが、幸福と呼ぶには程遠い人生を歩んでいた。爵位を簒奪(さんだつ)しようともくろんだ叔父に幽閉され、家畜も同然に扱われていたのだ。難攻不落の城塞は、少年にとっては牢獄であり、しつけの名を借りたおぞましい行為の行われる夜は、地獄だった。
 心身ともに疲弊しきった少年は、わらにもすがる思いで、悪霊の魔術に手を染めた。城の召使いが戯れに話していた、嘘かまことかもわからない方法だ。成功などするはずもなかった。籠の小鳥に、ささやかな希望と精神の安寧をもたらす、召使いの優しい嘘。それ以上でもそれ以下でもない――――はずだった。

 ところが、何をどう間違ったか、破れかぶれのその儀式は、本物を呼び寄せてしまった。
 悪魔は一見すると、人間の男のように見えた。悪魔は上品かつ紳士的な態度で、少年に接した。そして、彼にとてもよく尽くした。彼の望むことは何でも叶えてやった。求めるものはどんなものでも手に入れ、彼の望まないものは、永遠に彼の目に触れないように放り捨てた。彼を責めさいなむ者は滅び、彼をたたえる者だけが城に残った。新たな主を迎えた城塞は、悪魔の力によってより堅固な守りを得、いかな(つわもの)の侵掠も許さなかった。魔法の城とその主たる少年の名声は瞬く間に世へ広まった。民草(たみぐさ)は恐れおののき、諸侯はことごとく平伏した。もはや城の内にも、外にも、少年に仇なす者はいなかった。
 しかし少年はおびえていた。悪魔の仕事が、人間の魂を取ることだと思い込んでいたからだ。だが悪魔は、魂だの命だのには、かけらも興味がなかった。人間の命を取ったところで腹が膨れるわけでもないし、死体なんぞを眺めるのはなおのこと面白くない。

 それよりも悪魔の関心を引いたのは、少年それ自体だった。
 少年は美しかった。しなやかな白金の髪、雪色のなめらかな肌、光を集めて輝く青い星のような瞳、つややかに潤った唇から紡がれる澄んだ声。もしも楽園というものがこの世にあったなら、その世界の美は、悪魔の腕に抱けるほどか弱い少年の中にあったのだろう。

 悪魔は魂の代わりに、少年の肉体を望んだ。少年は驚き、悪魔を拒んだ。胸板を押し返す華奢な腕を押さえ込み、強いてことに及ぶこともできたが、悪魔は少年の気が変わるのを待つことにした。悠久の時を生きる悪魔にしてみれば、初夜をおそれる少年の心変わりを待つ間など、ほんの一瞬。瞬きほどのものだ。客観的には。だが悪魔にとっては、存外長い苦行となった。なぜって君、想像してみたまえ。餓狼の目と鼻の先で、とびきり肉付きの好い仔兎がちょろちょろ動き回るのを。いとおしさを通り越して、一思いに食ってやろうと一体何度思ったことか……。
 しかし、恋というものは不思議なものだね。そんな苦労も、しとねに無垢なる姿で横たえた彼を見たら、はるか彼方へ飛んでいってしまったのだよ。
 やわらかな下腹を撫ぜた時、かすかに声を上げた少年の愛らしさは、未成熟ながらも均整の取れた肢体の美しさは、そしてそれらをとうとう目の当たりにした悪魔の悦びは、いかに筆舌を尽くしたとて、伝わるまいよ。ただ私に言えるのは、若き肉のその味が、老いたる悪魔の久しく感じていなかった生殖の本能を呼び覚ますほどに、甘美であったということだけだ。

 …………時に諸君は、悪魔の営みをご存じかね? 一説には、下等の悪魔が人間の精液を奪って、それを人間の女に植え付けて子を成すという。だが、それで生れ落ちるのは、結局は人の子だ。悪魔の子ではない。天使が堕ちて悪魔になるなんて話もあるが、では天使は一体どこから来たのか、はなはだ疑問だ。神が作りたもうた? 霊界より生まれ出でた? いやいや。それよりもっとシンプルでわかりやすい答えがある。

 ――――悪魔の子を成すのはね、卵によるのだよ。悪魔は卵生なんだ。
 しかし悪魔の体は少々冷たい。これが困ったところでね、彼らだけでは、卵を産んでも、それを温めて(かえ)すことができないんだよ。しかも殻が非常に柔らかいので、外で温めるのも難しい。そこで、彼らがどうするかというとだね、よその腹を借りるんだ。悪魔の子を育むのに具合の好い、安全で温かく、湿った空間――――つまり人間の腹に種を植え付けて、苗床にするのだね。

 悪魔は非常に紳士的な性質であったから、少年にもそのことを、懇切丁寧に説明してやった。隠し事はよくないからね。だが少年は、悪魔の提案を呑めるほどには、彼を愛してはいなかった。彼は悪魔を突き飛ばして、寝室を飛び出そうとした。しかし悪魔は、少年を逃がすつもりはなかった。扉は―――内開きで、(かんぬき)もかかっていなかったのに、少年が押しても引いても開かなかった。それでますます恐慌してしまったらしく、少年はひどく暴れた。手当たり次第に投げた花瓶や、馬の置物は、悪魔にかすりもしなかった。悪魔が腕を捕まえると、少年は思い切り引っ掻いた。悪魔のかりそめの肉体には、さほどの瑕疵(かし)を与えられなかったが、それでも彼は抵抗を止めなかった。
 少年のそうした反抗は、悪魔を思い留まらせるどころか、かえって苛立たせた。なにせ、少年を地獄から救いだし、富と栄光までも与えたその見返りに、悪魔が要求したものといえば、少年の魂でも命でもなく、彼の心からの抱擁と口づけだけ。ただそれだけだ。そしてそれすらも、自ら捧げる気になるまで待ってやった。人間の中にだって、これほど紳士的なのはいないだろう。にもかかわらず、少年は前言をひるがえして、悪魔を拒んだばかりでなく、引っかき傷までよこす始末だ。どちらが先に心変わりを……裏切りを行ったかといえば、間違いなく少年の方だろう。実際悪魔は、彼がこうまで暴れなければ、極上の快楽を与えてやるつもりだったんだ。やさしい愛撫で身も心もとろかして、夢心地を味わわせてやろうとね……。けれど、そんな悪魔の心も、彼の裏切りによって、少しずつ、暗い憎しみと怒りに支配されていった。

 悪魔の精神の乱れは、まず、顔にあらわれた。男の目の周りに、じわじわと、真紅の斑点が浮かび上がってきたんだ。それは寝室の薄暗がりの中でも妖しく光って見えた。
 少年はますますおびえ、男の腕の中であがいた。ついにベッドに組み敷かれながらも、諦めずに、じたばたと…………。しかしそんな抵抗が、化け物相手に一体何になろう?
 男の引き締まった腹が、びりりと破れ、裂けた皮の下から、手とも脚とも知れぬ節足が、ぬめった体液を伴ってあらわれ出た。いかにも蜘蛛のような節ばったそれらは、万力のような力で少年の四肢を抑え込んだ。リネンの上に(はりつけ)にされ、左右に開かれた少年の足の間に、悪魔の腰が近づいた。少年は、蒼白な顔でゆるゆると首を振ったが、もはや哀願は悪魔へは届かなかった。

 悪魔は、猛り立った器官でもって、少年の狭い道をこじ開けた。荒々しい侵掠による苦痛にもだえ、腰を大きくよじっても、四肢の拘束は少しも緩まなかった。そして彼の肉の鞘を心ゆくまで堪能すると、悪魔は涙を流す少年の肩を抱き寄せて、やわらかくほぐれたひだの奥まった部分に落胤(らくいん)の種を注ぎ込んだ。少年の下腹をいとおしげに撫で、自らの子種の胎動を確かめると、悪魔は目を細めた。収穫には、十月十日も掛からない。三日もすると、少年の腹ははちきれんばかりに膨れ上がった。やがて悪魔の落し子は、少年の腹の中で己が殻を破り、ぬるぬるとぬめった黒く細長い何本ものその脚でもって少年の秘部を割り開きながら――――」



 機嫌よく喋っていた青眼鏡の紳士は、何人かの顔色のすぐれないことに、ようやく気が付いた。

「どうした諸君。暑気あたりかね」
「食あたりだろ。兄ィの悪趣味にはついていけねえってよ」
「なんだい。まださわりもさわりだよ。これから愛らしい花嫁殿に凌辱の限りを尽くすというのに、こんなところでリタイアされちゃあ困るよ。……ん? どうしたねアーチャー君」

 むすっとした顔で手を上げていた童顔の若者に、眼鏡の紳士が顔を向けた。

「あのー。ワイ談って聞いてたんスけどー。正直、オレの思い描いてたエロスと違うっていうかー」
「何を言ってるんだい、君は。このうえないほどエロティックじゃないか。美少年が化け物に(なぶ)られるんだぞ。いいかね、異種姦というのはだね、人外に変なことされちゃってるという嫌悪感がまずあって、それに懸命に抗いながらも次第に快楽へと溺れてゆくその過程に……今度は何だね、ベルガー君」
「吐きそう」
「てめーは飲み過ぎだ!」

 黒服が酔漢の首根を引っ掴んで、急いで駆けて行った。慌ただしさの一段落ついた頃には、紳士の講義も終わったが、ベビーフェイスは相変わらず不満げな様子だった。青眼鏡は「まったく。なぜ理解できないんだ」などとぶつぶつ言いながらも、ネオンピンクの光輪を、隣のそばかす顔の青年に回した。

   *

【NEXT】