※本作品にはR-18程度の性的表現が含まれます。18歳未満の方は閲覧をお控えください。


「……前さあ。知り合いの美容師がさあ。すごいきれいな髪の子がいるんだって、大はしゃぎしてたんだあ。きれいったって、どうせ、大したことないんだろって、思ったんだけど。写真見たら、ほんとに、きれいだった。からすの羽根の濡れたような、つやつやの、黒い髪でね。指通りもよくって、さらさらで……って、なんで知ってるのかって? その子の髪、ちょっと、さわらせてもらったからだよ。そいつ、床に落ちてた髪を捨てるのが、もったいなくて、瓶詰めにして取ってたんだって。……ま、そういう類の、話なんだけどさ」

 そばかす顔の青年は、袋から棒キャンディを一つ取り出した。そして水色のキャンディを頬の中で転がしながら、ぽつりぽつりと、話し始めた。

「髪切り屋の、サガ、って言うのかな。人を見る時には、まず髪を見るんだ。その子のナカミが、あからさまに出るからさ。髪の毛パッサパサで、荒れてる人って、こう言っちゃ悪いかもだけど、なんとなく顔もいまいちで、話聞いてみると、結構、生活乱れてたり、だらしなかったりするんだ。髪がきれいな人は、やっぱり、隅々まで手入れが行き届いててさ。なんなら顔も、ちょっとくらい難があっても、三割ましできれいにみえる。

 今まで会った中で、一番魅力感じたのは…………サロンモデルになってくれてた子だな、うん。

 たぶん、月イチで、会ってたのかなあ。カットの練習とか、似合うスタイル発見したとか、髪のケアのためとか、チラシ作るとかなんとか、一生懸命、理由つけてさ。店に呼んでた。もちろん、口実なんて二の次で、ほんとはただ、その子に会いたかっただけ。……口下手にしては、だいぶがんばったと思うよ。

 鞄を預かるとき、手が触れたりすると、めっちゃどきどきした。微笑んでくれたら、うれしかった。でも、何よりうれしかったのは、その子の髪にさわることだった。絹みたいに細くって、しなやかで、ひょっとすると、この髪なら食べられるんじゃないかってくらい。ふわふわの綿菓子みたいにやぁらかくて、口にいれたら、舌の上でふわってとけちゃいそうな――実をいうと、さらさらの髪より、そういう髪の方が、好きなんだよね、実は。

 髪、切り終わった後も、いっぱい、時間使ってさ。ブローもセットも、やりつくしちゃって、喋るネタもなくなって。名残惜しいけど、しょうがないから、ばいばいって手振るじゃん。で、店にひとりぼっちになるとさ。嗅ぎなれたシャンプーとかトリートメントの匂いに混じって、ふんわり、あの子のいい匂いがするんだ。えっと……そう、残り香。それが、もう、なんていうか、たまんないんだよね。もう……なんていうか…………なんで帰しちゃったんだろ。みたいな。追っかけてって、呼び止めて、振り向いたその子の腕つかまえて、抱き寄せて、それからキスして、あとは、もう、めちゃくちゃにしたい? みたいな。

 だけど外を見ても、もう、その子はいない。から、しょうがなく店に戻るじゃん。で、ふっと床見るじゃん。そしたら、その子の髪が落ちてるわけ。その子の体から切り離されてさえ、キラキラしてるんじゃないかと思うくらい、きれいな髪がさ。

 吸い寄せられたみたいだった。あの子の髪、やっぱり、やらかくて、ふわふわで、もう延々さわってられた。あの子のだと思うと、なおさら、いとおしくって、匂いかいでるだけで、すごい、どきどきした。でさあ、そうやって、あの子の置き土産で遊んでたらさあ。ちょっとだけ、悪いことも、考えたんだ。…………よく、えろ本とかであるじゃん? こっそり好きな子の服盗んだりして、匂いかぎつつ……みたいなやつ。あれをさあ、やっちゃったんだよ。

 さっきまで、あの子がいた椅子に座ってだよ。――明日は、他のお客さんも座るのにだよ。でも、もう、完全にスイッチ入っちゃってたから。仕方ないよねとか思いつつ。あの子の髪束を手に持って、匂いをかぎながら、もう片方の手でがんばるわけだよ。ぐちゃぐちゃ音立てながら。……で、だんだん、白っぽいのが指にからんで、滴り落ちてくるまでになって。――いよいよ、気をやりそうになった時。あの子の、きれいな髪。思いっきり汚したら、気持ちいいだろな、なんて、ふっと、思ったんだ。だから、手にしてた髪を、ムスコの方に持ってって、もうすっかりべとべとになってたとこに絡ませて、擦り上げて。絹みたいなブロンドを、どろっどろに、汚しちゃってさ。なんていうの? 背徳感? みたいなのが、すごくてさ。一回出したのに、またムラムラしてきて。やばいぐらい燃えた。

 あらかた満足して頭が冷えると、さすがに、『うわー。やっちまった』と思った。これ絶対、掃除大変だよって。実際大変だったんだけど、でも、後悔はそんなにしてなくて。何日かすると、またあの子のことが、恋しくなるんだ。会えない日が続けば続くほど、悶々としてさ。あの子の髪、好きにできるんだったら、もうどんなことでもするって、そんなことも考え始めてた。

 それで……そう。いよいよもってヤバくなってきたから、おれ、思い切って告ってみたんだ。そしたらさ、意外や意外。OK貰えて、付き合えることになった。

 夢みたいだったよ。きれいな顔にもさわらせてくれたし、普段は服で隠れてるとこだって、なでさせてくれた。でもね、そんなのより髪いじらせてもらえることのがうれしかったから、ホテル行っても、ずうっと、髪ばっか、なで回してたんだ。毛づくろいするみたいに。正直、おれはそれで満足だったんだけど、あの子は、ちがった。なんで、ちゃんとしてくれないのって、拗ねちゃった。ちょっとめんどくさいなと思ったけど、でも、髪さわらせてもらえなくなるのやだったから、ご機嫌とってさ。

 ……しばらくは、うまくいってた。でも、なんか、思ったより……て言うと、あれだけど。体さわっても、あんまり、面白くないんだよね。――いや、セックスは気持ちいいんだ。ただ、なんていうか、物足りない、みたいな。ぶっちゃけ、店で、あの子の髪使って一人でした時の方が、よっぽど燃えた。

 一仕事終えて、その子が満足すると、うとうとしだすんだけど、その時だよ。思う存分、髪なでられるの。だから、もう、ずっと寝ててくれたらいいのに、って、思った。
 その日は、ホテルじゃなくって、おれの部屋だった。コトを済ませると、いつもみたいにその子が寝始めた。眠ってるとほんとに、おとなしくって、ほっぺたつっついても、髪さわっても、文句も、何も、言わなかった。……その日も、おれ、消化不良でさ。髪さわってるうちに、だんだん、ムラムラしてきたんだ。それでその子が、あんまり静かに寝てるもんだから、これ、ひょっとしてイケんじゃね? って、思って。おれ、その子の髪なでながら、前みたいに、やりはじめたんだ。――寝てるその子のこと、起こさないように。声とか出さないようにしながら。そうしてると、だんだん、興奮してきて。――いつも、髪とか、顔とか、かけようとすると、怒られるんだけど。今、ちょうど寝てるし、文句も言われない、から。あとで怒られる、かな、とは、ちょっと、思ったけど。もう、出そうだったし、おれ、ばかだから。がまん、できなくってさ。ふわふわのブロンドに、思いっきりぶちまけたんだ。

 すごい、気持ちよかった。やってやったぜ。みたいな、そういう達成感みたいなのもありつつ。でも、そんなに長くは、続かなかった。その子が、目を覚ましたから。

 起きてしばらくは、え? なに? みたいな顔、してたけど。おれの恰好とか、汚れた髪とか、で、なんとなく、わかっちゃったみたい。それから、眉毛が跳ね上がって、目とか、こんな細くなって。本気で怒ってるみたいだった。すっごいピリピリした感じで、だまって、服とか着はじめて。いっぱい謝っても、一言も、口、きいてくれなくて。玄関先で、やっと、喋ったと思ったら、『もうおしまいにしよう』だよ。

 ……おれ、どうしていいのか、わかんなくなって。もう会えなくなるなんて、いやだったから。その子の髪、見れなくなるのも、さわれなくなるのも、絶対、いやだったから。なんとかして、止めなきゃって思った。でも、もう、その子、靴履いてて。何言っても、相手にしてくれなくて。肩に触れたら、手、思いっきり、払いのけられて。それから、なんか、言われたけど、何言われたかは、よく覚えてない。ただ、ムカついて、頭に血が上って……でも、それ以上に、かなしかったのは、覚えてる。

 気が付いた時には、血だまりにその子が倒れてた。おれの手、見たら。カッターナイフから、真っ赤な血が、滴ってた。昨日、小包開ける時に使って、その辺にほったらかしにしてたやつだ、なんて、ぼんやり思いながら、その子の方見たんだ。そしたら、首がぱっくり裂けてて、そこからまだ血を零しながら、倒れたマネキンみたいに、ぴくりとも、動かない。

 おれ、どうしよって、なって。助けなきゃ、とか、一一〇番、とか。いろんなことが、頭の中で洪水みたいになってた。ただ、まだ血がどばどば出てたから、とにかく、これ止めなきゃって、思って。バスタオル持ってきて、その子の首筋に当てたんだ。白いバスタオルの色が変わって、どんどん、重たくなってった。もう助からないってことは、なんとなく、わかってた。けど、助けたい、助けなきゃって。それでも血は止まらなくて、バスタオル三枚とフェイスタオル二枚がだめになるころには、もう、心臓も、止まってた。

 かなしかった。もうその子の笑顔も見れないし、声も聞けない。なんてこと、しちゃったんだろう。このあと、どうしよう。涙が、あとからあとから零れてきて、止まんなかった。……だけど、おれ、動かなくなったその子の前で泣いてるうち、ふと、気付いちゃったんだ。――ああ。これで、この髪は、おれのものだ。って。

 それに気づいたら、かなしいのがだんだん薄れていって、その代わりに、うれしさが、こみあげてきた。涙が完全に引っ込むまで、そんなに、時間は、かからなかった。
 そのあと……ええと、そう。そのあとは、とりあえず、髪が、血で汚れちゃってたから、きれいにしてあげようと思って、お風呂場までその子を運んだ。その時、思ったんだけど。大きい体、あっても邪魔だし、さわっても、面白くないから。物入れから、のこぎり引っ張り出してきて――日曜大工が趣味でよかったよ――いらないところを切り落とした。かわいいあの子を、首から上だけにしたら、ますますかわいくなった。どこに置こうかって、部屋見回したら、テーブルの上がよさそうだったから、そこに置いた。部屋一面見渡せる、特等席。おとなしくって、物静かで、めちゃくちゃ美人なおれの恋人が、そこに、ずっといる。毎朝、毎晩、おれはその子の髪をくしけずる。…………はっぴーえんど。めでたし、めでたし」

   *

 そばかす顔の男は、舐め尽くして軸ばかりになった棒キャンディを灰皿へ落とした。それから彼は、一座を見回して、不思議そうに首をかしげた。

「あれ? 何この空気。おれ、ひょっとして外しちゃった系?」
「うん」
「まじで? えろこわ系の流れじゃないの?」
「怖い話の流れは、だいぶ前に終わったよ。ユリィが来た辺りで完全にお亡くなりになった。今はもうメンズ限定フィーバータイムに入ってるから。エロオンリーだから」
「そうだったのか」

 男は、新しい棒キャンディの封を切って、口に含んだ。

「……でもね。本当にきれいなんだよ、その子。写真、みる?」

 男がポケットからスマートフォンを出して、テーブルにずらりと並ぶ生首の写真を見せると、車座が、蜘蛛の子を散らしたように広がった。平然としているのは黒服の男だけだった。彼はまじまじと写真を眺め回すと、小さく鼻で笑った。

「なんだ。マネキンじゃねえか」
「ちがう。ウィッグ」

 うっとりと写真に見入り、感嘆の息を零す男にはもう触れずに、次の話し手は、静かにショッキングピンクの輪灯を手繰り寄せた。

【NEXT】