※本作品にはR-18程度の性的・残酷表現が含まれます。18歳未満の方は閲覧をお控えください。


 黒服の男は、煙草の灰を軽く落として、また口にくわえた。そして、あまり愉快げではない表情で、ふーっと、細く長い煙を吐き出した。

「裏社会に足突っ込んでると悪趣味な奴に出くわすのはしょっちゅうだが、中でも手に負えねえのは、趣味が悪いうえに、金持ってるやつだな。間違いねえ。

 俺の知り合いに、気に入りの玩具をムチだの木馬だのでいたぶって、その苦しみ悶えるのを眺めて悦に入るようなサディスト野郎が――まあ、仮にD卿とでも呼んどくが――一人いるんだけどな。そいつが、とうとう断頭台(ギロチン)に手を出したらしい。ギロチン。知ってっか? ……そうそう。二本の柱の間に通した木の枷に、人間の首を挟んで、その上から巨大な刃を落とすやつだ。一昔前までお貴族様の首をはねるのに使われ、最近じゃあ電気椅子だの十三階段だのに取って代わられちまった、あのいかめしい処刑具な。

 D卿が屋敷に運ばせた処刑器械は、百年も二百年も昔のものだから、どこもかしこも使い物にならなくなっちまってた。歴史愛好家ならそのままでも構やしねえんだろうが、なんせ新しい持ち主は、そいつを実用するために手に入れたわけだから、当然、修理をさせた。が、そのついでに、『自分好みの改造』を加えたんだと。
 その悪趣味なコレクションを、俺も何度か見せられたが……断頭台っつーのは、ロープで刃を吊ってんだな。台の上に滑車を置いて、丈夫なロープで吊った刃を滑車で上げたり下ろしたりするんだ。つるべみてえに、誰かが縄を引いていて、その縄が突っ張ってる間は刃が落ちねえが、ひょっと手を離すとギロチンの刃が自重で落っこっちまうって、そういう寸法だな。で、そのロープは、本来は、しかるべき時まで落ちねえようにピンか何かで固定されてたらしいが、D卿はその安全装置を取っ払っちまった。つまり、誰かがずうっと縄を引いてねえと刃が落っこっちまうように細工した。それから、犠牲者が首を挟む位置を本来よりずっと低くした。みじめな犠牲者が、犬みてえに四つん這いにならざるを得ねえようにな。

 この新しい玩具を、D卿は存外気に入ったらしい。あらゆる人間を取っ捕まえてギロチンにかけ、生殺与奪を掌握しては楽しんだ。素直に言うことを聞けばよし、聞かなけりゃ刃を血で染めた。そうして一体何人、闇に葬ってきたやら知らねえ。なんせ、人間の悲鳴をつまみに酒を飲むのが何より好きな野郎だったから。

 ――――だが、そんなD卿にも、憎からず思ってた男がいたんだ。
 というのもこのD卿、女は孕んじまうから面倒だってんで、男色の気があった。特に秘書として使ってた男には随分目をかけて、かわいがってやってたらしい。ところがこいつがまた、強情でな。富に地位に名誉に権力、ありとあらゆる手管でD卿が気を引こうとしても、なしのつぶて。
 さかしい恋の駆け引きなんざより、従順なのがお好みのD卿だ。誘いをのらりくらりとかわされるのにむかっ腹は立ててたが、それでも殺さず傍に置いてたあたり、よっぽどお熱だったらしいぜ。

 そんなある日だ。男がD卿に恋人のあることを話した。しつこい口説きをかわすための体のいい断り文句だったのか、単に口を滑らしたのかは知らねえ。だが、それが不味かった。D卿はおそろしくプライドの高い野郎だ。下手すりゃ手前(てめえ)が神くらいに思ってる。実際、反抗的な奴には神罰同然の強烈な鉄槌を、ためらいなく下してきた奴だ。そういう野郎に向かって、『お前よりいい奴がいるからお呼びじゃねえ』なんてなことを言や、烈火のごとく怒り狂うに決まってらァ。

 思うがままにならなきゃあ、すぐプッツンしちまうD卿だ。D卿は男の首根をとっ捕まえて、拷問部屋に叩き込んだ。だが男は、一向に態度を改めねえ。丸裸にして縛り上げても、木馬で責めても、柱にくくりつけてムチ打っても、気丈にD卿を睨み返すばかり。そこでいよいよ、例のギロチンのご登場ってわけだ。

 …………ただ、D卿がギロチンに掛けたのは、男の首じゃなくて、その男の、恋人の首だった。
 いかつい刃の下に恋人の細い首が捕まっているとなると、さすがに男も血相を変えた。ギロチンの刃を引くロープは、D卿の手の内にある。奴が気まぐれに縄を離せば、恋人もたちまちあの世行き。男はD卿のご機嫌を損ねないように、下手に出るよりほかはなかった。何でも言うことを聞くから、恋人だけは堪忍してやってくれ。涙ながらに男は訴えた。しかし奴さんの方は、完全に頭にきちまってる。男が泣こうがわめこうが、もう血を見るまでは勘弁する気がねえ。ただ、聞き分けのよくない男が殊勝になったのが面白いんで、もう少し遊ぶことにしたんだと。

 D卿は、手にしていた縄を、男にくわえさせた。恋人の首をはねる装置の引き金を、男に握らせたんだ。そうしてから、またムチでたたいたり、背の尖った台にまたがらせたりしたが……。今度は男も、勝手が違う。少しでも声を上げりゃ、恋人の頭が胴体から離れっちまうから、歯を食いしばって責め苦に耐えた。
 苦痛を耐え忍ぶ男の態度は、D卿の嗜虐心をあおった。D卿は責め手をますます激しくしたが、それでも男は脂汗を垂らしながら懸命にこらえる。その姿があんまりけなげだったんで、D卿は褒美をくれてやることにしたそうだ。

 D卿は、さんざん男を引っぱたいていたムチを置いた。男の両手の拘束や、口にくわえさせた縄はそのままに、床に膝をつかせた。そうしてから、汗ばんだ男の肌を、手袋越しに愛撫し始めた。這いつくばった恋人に見せつけるかのように、男の両の乳首や、男根や……潔癖な奴さんにしては珍しく、ケツの方までいじくってやったらしい。それも、さっきまで手ひどく扱っていたのが嘘みてえに優しく体を撫でまわすもんだから、男はたまらねえ。痛いのは歯を食いしばってりゃ紛れるが、気持ちいいと、どうしても、口を開きたくなっちまうからな。

 それでも男は耐えた。十分すぎるほど耐えきった。興奮したサド野郎の、ギンギンになったイチモツで後ろから貫かれた時でさえ、男は声を発しなかった。
 自分が縄を口から離したが最後、恋人のうなじに大刃が降ってくるとわかっていたから、絶対に声を上げちゃならねえと、重々理解してた。だのに、D卿がいつまでも優しく、優しくするもんだから、どうしても勃起しちまうし、先走りが垂れてくる。そして、男はとうとう、声を上げちまった。男の歯の間からロープが逃げていった。つかえを失ったロープは宙を舞い、断頭台の滑車へと引きつけられ、そして――」

 ドッ、と重いものの落ちる音。うず高く積まれていた緋色の座布団の山が崩れ、畳一面に散乱していた。
 黒服の男はそれを横目に見やると、また一同へ目を戻した。

「……人間ってのァ、頭が胴体から離れても、まだ意識があるんだってな。
 断面から真っ赤な血潮を噴き出しながらも、まだ澄んだ目で瞬きをしながら、返り血で真っ赤に染まった恋人の顔を、じいっ……と見ているんだそうだ。男のブツで追いつめられて、はしたなくも声を上げてしまった恋人の顔を、いつまでも目を開けて、恨めしそうに見ているんだそうだ。その瞳がどろりと濁っても、ずっと……。

 そんな恋人の目の前で、ただただ泣きくれる男のケツを犯すのが、D卿に言わせりゃ、最高にイイんだそうだぜ。…………俺にゃあ、理解できねえけどな」



 黒服の男は、煙草の火を灰皿で押し消した。
 ちょうどその頃だった。座布団の山の崩れたそのかげで、もぞもぞと何か動いた。

「おう。起きたか」

 黒服の声に、意味をなしていない言葉で返事をしながら、端正な顔立ちの青年がひょっこり顔を出した。彼は八重歯をのぞかせて大きなあくびをした後、うだるような暑さに眉をひそめた。
 黒服の差し出したパックジュースへと伸ばした手は、一度空をかいて、二度目で獲物をつかんだ。爽快な温度ではなかったが、それでも渇きが満たされると、少し表情が和らいだ。八重歯の男は額ににじんだ汗を手の甲でぬぐって、ふと、青い丸眼鏡の男に目を留めた。

「あれ? ……いましたっけ?」
「さっき来たところさ。……中がこんな状態だとわかっていたら、車に扇風機の一つも積んできたんだけどね」
「俺、兄いにメール送ったぜ」
「うん、届いていたと思う。実に残念だ。送信者が君でなければ内容を確認したんだが」
「兄いってそういうとこあるよな。何かっちゃあ、俺につらく当たるの。よくないぜ! そういうの」
「なぁにを言ってる。私の対応は至極真っ当だ。統計上、私の身に降りかかる災難の九割は君が原因なのだから。
 ……それはさておき、ルガート君。目が覚めたならちょうどいい。今、ルナールを除いたみんなで楽しい夜話会をしている最中なんだ。さあさあ、君も一つ、愉快な話を提供してくれたまえ!」

 八重歯の男は半ば強制的に輪に加えられ、半ば強制的に、桃色の蛍光管を握らされた。


【NEXT】