「山吹色の菓子でございます」

※本作品にはR-18程度の性的表現が含まれます。18歳未満の方は閲覧をお控えください。


 ピンクの輪灯をぶっつけられた鼻をさすりながら、狐目の男は、寝っ転がる青眼鏡の背中をにらんだ。彼のことを恨めしげににらみながら、狐目の男はしばらく黙りこんでいたが、やがて考えがまとまると、にいっと唇の両端をつりあげた。

「よぉし、決めた。……あれにしよう」

 男は咳払いを一つはさんで、流暢(りゅうちょう)に唇を動かしはじめた。

「知っての通り、俺様は金さえもらえりゃ何でもやる男だ。家事代行から仕事の替え玉、果ては偽造や密輸まで。猫の手よりよっぽど役に立つ『狐の手』を持つルナール様は、今のところは東四谷(ひがしよつや)に根をはってる。大学通りの隅にある、さびれた古本屋の二階が俺のねぐらさ。

 俺様は人間相手に商売はしねえし、性格が出来上がってるもんだから、お仲間から巻き上げるなんてそんな心無いことだって出来やしねえ。だからか知らねえが、どうも近頃は景気が悪くてな。それで、小遣い稼ぎじゃあねえが、ときどき下の古本屋の手伝いなんかもやったりしてんのさ。

 ある時、俺が店主の言いつけで書庫を片付けてると、妙な本を一冊見つけた。埃くせえ、いやに古めかしい本でよ。紙の状態からするに明治か、下手するともっと前かね。いわゆる和本ってやつなんだが、表を見ても裏を見ても題名がねえ。値付けもされてねえ。どころか奥付もねえ。どうも版本じゃあねえらしい。
 変な本だなァと思ったんで、俺は段ボールに尻を落ち着けて、ぱらぱら(ぺーじ)をめくって中を読んでみたんだ。

 さてさて、その本の内容っつーのが、これから俺がお兄いさん方にお話ししようかというところの本題でな。なんでも、大江戸湯島は加賀屋に奉公していた、さる金剛(こんごう)からの聞き書きだそうで……。

 むかーしむかし、花もうらやむほどの容色の「百合之丞」(ゆりのじょう)なる陰間(かげま)が、お江戸で春を売っていたそうな。年の頃は十六、七。日の本じゃあ滅多に見かけねえ山吹色の髪を(まげ)に結った、鼻の高い美男子で、あまり大きな声じゃあ言えねえが、茶屋の主人が大枚はたいて人あきうどから買ったとかいう話さ。やさ型揃いの蔭間茶屋にゃあ珍しい変わり種だが、なんせ目の肥えた主人が気に入るぐれぇだから、客も好んでかわいがった。きゃしゃな肩に黒ちりめんをひっかけて、ちょいと臙脂(えんじ)をさした目を細めて客引きなんかした日にゃあ、百合之丞はお座敷を右へ左の大忙しだったそうな。

 しかしまあ、天は二物を与えずたァいかねえもんで、この百合之丞、性格の方は顔貌ほどには出来上っちゃあいなかった。あんまり忙しくッて、ろくすっぽ飯を食うひまもねえもんだから、つい苛々して客前で、前の座敷の旦那の愚痴をこぼしちまったんだとさ。ところがそれが、どっからどう漏れたか、大旦那ご本人のお耳に入っちまったからさあ大変。さらに悪いことにゃあその旦那は江戸随一の金満家で、加賀屋の一番のごひいき筋だったもんだから、あわや店の看板も傾く一大事ってなもんよ。

 小生意気な百合之丞はといやぁ、悪びれるでもなく、「ゆっくりお休みできていいや」なんて言って高笑いする始末さ。それで大旦那のごきげんとりに茶屋の主人が考えたことがいい。百合の字の世話役の金剛野郎を呼びつけ、四つ目屋へ走らせて買ってこさせたところの棒ぐすりに、山椒(さんしょう)をたっぷりまぶすように指図したんだと。で、かんかんにご立腹の大旦那をあの手この手でなだめすかして拝謁を乞うと、百合は異国の生まれでまだお江戸へ上って日がないものですからまだ言葉に不自由なのでございます、何卒ご勘弁を、とかなんとか言って、今後ともひいきにしてもらえるよう丁重に頼み込んだ。そしていざ大旦那が店へやってくると、これ幸いとばかりに、例の性具を入れた木箱をそっと旦那のお膝元に差し出して、本日の百合はたいへんに良い仕上がりでございまして……なーんて悪代官よろしくのたまったわけさ。

 その日はいわば接待なわけだから、百合之丞の座敷は大旦那の一席きり。時間をはかる香の用意もねえから、百合之丞付きの金剛は奥の間の障子のそばに控えてたそうだ。まあこの付き人も、茶屋の主人の悪だくみに無関係じゃあねえもんで、事の成り行きにゃ、ちぃとばかり関心があった。だから、障子に指で穴あけて二人の営みを隙見してたんだとよ。

 布団を敷いた奥の間では、旦那が例の棒ぐすりを取り出して、百合之丞に見せたところだ。茶屋へ来たばかりのころ、尻を具合よく仕込むのにたっぷり使われたし、そういう遊戯をご所望の客も時々ある。――――当の大旦那がその一人なわけだが。
 まあ百合之丞は慣れっこだったし、第一、まさか山椒なんかまぶしてあるなんて思いもしねえ。第一変に断りでもすりゃあ後で折檻されるってこたぁわかってっから、二つ返事さ。ところが、巻き綿から油のしたたるその棒っきれを、裏門に突っ込まれると、どうだい。いつものと違って山椒がぴりぴり効いてるから、かゆくてかゆくてたまらねえのさ。中を擦ってもらってる間はなんぼかましなもんだから、旦那がくたびれてちょっと手を止めようものなら、腕を引いてもっととねだる。百合之丞の随分と愛想のいいのに、大旦那のご機嫌も直ったと見えて、上機嫌に都都逸(どどいつ)なんぞを吟じながら百合の字をいじめ……もとい、かわいがったそうだ。

 しかしまあ、この大旦那にゃあちっとばかし悪い癖があって――というのが、次の座敷に引きずっちまうほど行為が荒っぽいもんだから、引く手あまたの百合之丞にゃ悩みの種だった。ところがそれが、今度ばかりは百合之丞にはいい方に働いた。中が疼いてるもんだから、激しくひっかきまわされる方がよっぽど効く。いつもならネリギで潤したって痛ぇくらいなのに、その日はなかなかどうしていい塩梅で。あんまり好かったもんだから、大旦那のをがっぷりくわえこんだまんま、精水を放っちまった。

 見目はいいが愛想の足りねえ百合之丞だ。金剛相手だって、いっぺんも気をやったこたぁねえ。客相手はなおさらさ。百合の字は粗相しちまったのを恥ずかしがって顔を隠したが、それがまた大旦那を喜ばせたらしい。……もともとその旦那は遊ぶっつっても嗜み程度で、色に溺れるような男じゃねえんだが、その晩は珍しく我を忘れて二回三回と求めたそうな。百合之丞も泣きじゃくりながらもたいそう悦んで、大旦那が満足しても、腰に足を絡めて離したがらなかったんだと。

 そんなこんなで、結局、二人とも一睡もしねえで明けの(からす)を聞いたとよ。いざ旦那を見送る段になっても百合之丞はすっかり首っ丈とばかりに、殊勝らしく袖を引いて名残を惜しむもんで、大旦那はすっかりご満悦。もちろんその後も加賀屋のごひいき筋さ。茶屋はかわらずの繁盛ぶりで茶屋の主人は左うちわ。百合の字も、その一夜がずいぶん気に入ったらしくて、とうから出ていた大旦那からの身請(みうけ)の話を受けることにしたんだとよ。めでたしめでたし、ってなもんさ。

 ま、本の中身自体は、そういう話だったんだ。な。ちょっと面白ェだろ?
 それで、俺ァちょっと興味持っちまったもんだから、店主が帰ってから『こんな本が出てきたが、仔細がわかんねえんだ。題名か作者か、なんか知らねえか?』って尋ねてみたんだ。そしたら店主、妙に照れくさそうにしてやがる。問い詰めてみりゃあ、わけはねえ。店主が店の古紙を使って、洒落で作った偽書だとさ」



 話が終わったのを見計らって、青眼鏡の男はのそのそ起き上がった。眉間には深い縦じわが刻まれていた。狐目の男はにやにやしながら、彼にこう投げかけた。

「やあ、ユリシスの兄ィ。俺の話はどうだったい?」
「さあね。まったく聞いていなかったのでわからないよ」

 彼はギロリと狐目をにらんだあと、ふいとそっぽを向いた。

「スイカとビールを取ってくる。人手が欲しいので誰かついてきてくれたまえ」

 青眼鏡はふすまの縁を乗り越え、玄関口へ向かった。車座のほかの面々もちらほらと腰を上げ、各々動き出した。



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