※本作品にはR-18程度の性的表現が含まれます。18歳未満の方は閲覧をお控えください。


◆悪戯少年

 学生の頃、よく保健室に通ってたんだ。

 ああ、もちろん体が弱かったとかではないよ。

 ………………保健室の先生が、きれいな男の先生だったんだ。猫柳というのだけどね、天来の美貌に加えて人当りもよかったから、女生徒からはもちろんのこと、男子生徒からも好かれていた。

 もちろん私も、彼に恋する一人だった。でも私は間違いなく、ほかの有象無象とは一線を画していた。なんてったって、彼の眉間に縦じわを生み出せた者は、きっと私のほかにはいなかっただろうからね。

 何をしたかって? そうだねえ。まあ、いろいろあったのだけどねえ……。

 はじめは、彼の気を引くために、たくさん悪戯をしたんだ。救急箱に飛び出すおもちゃを仕掛けたり、消毒薬の瓶にドクロのシールを貼ったり、ベッドの枕をYES/NO枕に変えたりした。一日一度ではなくて二度三度と仕掛けることもあった。

 生徒指導の先生や体育の先生に悪戯すると頭ごなしに怒鳴られるんだけど、猫柳先生は違った。彼は私が悪さをすると、悩ましくため息をついて、「ダメだろ? 桃園」って、優しく諭してくれるんだ。お説教も彼からだと思うとなんだか嬉しくて、ニコニコしながら聞いていたら、そのうち彼の表情も和らいでくる。そうなったらもう私の勝ちだ。形ばかりの謝罪で仲直りして、あとは楽しいお喋りの時間さ。
 
 消毒液の香りがほんのり漂う中で、私と彼とは穏やかな時間を過ごした。彼は決して私を追い出そうとはしなかった。私が担任に見つかって教室へ連れ戻されるまで、至福の時間は続いた。

 居心地は最高だった。私の保健室通いは半ば日課のようになっていた。



◆鮫島と猫柳と私

 ある日のこと、私はいつものように授業を抜け出して、保健室を訪れた。

 だがあいにく、先生は不在のようだった。

 机の上には作りかけの頒布物がペンと一緒に投げだしてあった。先生はどちらかといえば几帳面な人だ。おそらくは電話か何かのために、ちょっと作業の手を中断して出ていったのだろう。

 何にせよ、これはチャンスだ。またとない悪戯の好機だ。これを逃すわけにはいかない。

 さして長くもない検討時間の後、私は戸棚の中に隠れることに決めた。彼が保健室に戻ってきたら、飛びだして脅かす作戦だ。戸棚を水平に仕切っている中板を外せば、内に潜り込めることは既に確認している。私は棚の中身を手早く隅へまとめると、中板を外して戸棚に潜り込んだ。ちょっと窮屈だったが、横になって背中を丸めればうまいこと収まった。

 息をひそめて間もなく、扉の開く音がした。先生かと思い、早速飛び出す用意をした。だがよくよく考えてみると、鍵はかけていないので保健室には誰でも入ることができるのだ。もしかしたら先生ではなく怪我をした生徒かもしれない。そう思い、私はもう少し様子を見ることにした。

 耳をそばだてていると、どうも、足音が一つ余分に聞こえる。

 保健室に入ってきた一人は、やはり先生のようだった。だが先生の穏やかな声のほかに、粗暴な男の声がした。誰だったか、聞いた覚えがあるようなないような感じだ。記憶を手繰っていると、先生が苗字を呼んだので思い出した。三年の鮫島だ。

 鮫島というのは、学生の分際で煙草を吸うわ、酒はやるわ、恐喝はやるわ、暴力沙汰を起こすわ……。まあ、とどのつまりはひどい男さ。しかもたいそうな色好みで、穴さえあれば男でも女でも構わないというような色情狂だ。かくいう私も、彼に脅迫されたことがある……もちろん、突っぱねてやったがね。

 だけど、その彼が保健室に何の用だろう。怪我でもしたのだろうか。だが、どうもそんな風でもない。何やら二人して、ささやきあっているような感じだ。

「あんたも好きだね」
「好きじゃないよ。……こういうのは」
「でも言った通りにしてるじゃねえか」
「それは……あっ」

 先生の喘ぎ声のようなものが私の耳に確かに聞こえた。反射的に飛びだしたくなるのを抑えて、私は今少し、様子をうかがうことにした。何せ相手はあの鮫島だ。私より頭一つは背が高く、腕っぷしの強い不良少年だ。もしも先生が手籠めにされていたのだとしても、無策に出て行ったところで返り討ちだ。

 ―――それに私は、鮫島に対して、少し苦手意識を持っていた。その、以前、彼に脅迫されたことがあると言ったけれど、その時にね。腕をつかまれ、押し倒されて…………ちょっぴり、怖い思いをしたのでね。

 でも先生のことは心配だったので、私はそろりそろりと扉をスライドさせた。五ミリ、一センチと、慎重に視界を広げてみたが、見える範囲に人影はない。手当てをするのならテーブルの方に行くはずだが、目の前にはテーブルと椅子の脚しか見えない。その向こう側にあるベッドにも、使われている形跡はない。
 とはいえこの保健室にあるベッドは三台。たまたま私には見えないところを使っているのかもしれない。と、考えたまさにその時、ベッドの軋む音がした。

「よくもまあ、こんなぶってえのが入るもんだ。どうなってんだ、あんたの体」
「きみが、こんな風にしたんじゃないか」

 鮫島は先生を言葉でひどく嬲った。内容に関しては、まあ、あんまり下品なので、詳細は差し控えるがね。まあ、ズボズボだのガバガバだのそういった類のものを想像してくれればよろしい……。

 ともかくも、そうした会話から、先生はどうやら、不良の鮫島と浅からぬ仲らしいということがわかった。私は折悪しく、二人の密会現場に居合わせてしまったというわけだ。

 鮫島に一体何をされているやら、先生の声は、私の前では一度として発したことのない類のものになっていた。

 なまめかしいそれは、犠牲者の苦悶の声ではなかった。鼻にかかった、媚びるような、恋人の前でしか出さないような甘ったるい声だった。鮫島との関係の深さを推し測るには、それを聞くだけで十分だった。彼の嬌声を聞けば聞くほど、私の恋の花びらは、一枚、また一枚と、もぎ取られていくかのようだった。

 めまいがした。くらっとして、私は後ろに倒れこんだ。その拍子に、棚に背中がぶつかってしまった。ガタンと、大きな音が立った。

「ああん? なんだ?」

 私ははっとした。足音が近づいてくる。まずいと思ったがどうしようもない。やがて扉が開いた。視界に光がぱっと差した。腰をかがめた鮫島と、完全に目が合ってしまった。

 彼は眉間のしわをますます深くして、私に言った。

「一年のいたずら小僧じゃねえか。そこで何してる」
「ええと……先生を、驚かそうと思って」
「わけのわかんねえこと抜かしてんじゃねえ」

 私は鮫島の手によって、乱暴に、戸棚から引きずりだされた。
 視界が開けた。そこには、やはり、胸を締めつけるような悲しい現実があった。

 一番端のベッドのカーテンが開いていた。その上に先生の姿があった。聖職者らしい上品な装いは乱れ、情交の跡を色濃く残す肌を、惜しげもなくさらしていた。彼は困ったように微笑んで、「悪い子だね」と私に言った。

 彼の服のはだけたところは、すごく色っぽかったよ。思わず唾を飲むくらいに。でも、それ以上に辛かった。だって先生は、私のものだと思っていたから。

 じわっと熱いものが目ににじんできた。でも、先生を奪った人の前で泣くのはいやだったから、唇をきゅっと噛んで耐えた。

「おい……? 今日はまだ何もしてねえだろ」

 伸びてきた鮫島の手を、私は叩きのけた。乾いた音が響き渡った。鮫島が舌打ちし、眉を吊り上げた。激昂した彼に、私は胸倉をつかまれた。

「てめえ、そんなに俺が嫌いか!? ええ!?」
「ああ、きらいだね。……だいっきらいだ」

 そう答えると、喉元を締め上げる力が強まった。

「俺が何したってんだ」
「わ……私の先生を、めちゃくちゃにした」

 声を絞り出すようにしてそう言うと、鮫島は驚いたようだった。と同時に手がゆるんで、息は少し楽になった。彼は私のネクタイのあたりはつかんだままに、ベッドの方を振り返った。

「あんた、こいつと付き合ってたのか?」

 先生は勢いよく首を振った。まったく心外とでも言いたげな、心の底から否定するような振り方で、それがなんだか悔しかった。私はやけになって叫んだ。

「好きだったんだ!」

 先生は目を丸くしていた。鮫島も。でも、今更あとにはひけなかった。

「好きだったんだ。先生のことが。…………好きだったんだ。ずっと。なのに、なのに…………よりによって…………こんなやつと…………」

 私はとうとう、声を上げて泣いてしまった。息の苦しいのと、悲しいのとで、胸がいっぱいになって、涙がぼろぼろこぼれた。

 しばらく、泣いていたんじゃないかな。で、そのうち鮫島が私の腕をつかんだ。そして嫌がる私を、無理やりベッドの方へ引きずっていった。

「お前の大好きな先生はどスケベだぜ。ほら、見てみな」

 私は顔を背けようとしたが、無理矢理に、失恋の証拠を見せつけられた。先生の肌にはキスマークばかりでなく、まだ色濃い縄跡が見えた。しわくちゃになったシーツの上には、黒い茄子のようなものが転がっていた。それはローションか何かでべっとりと濡れ、てらてらと黒光りしていた。

「あんた、いつもこれ入れて歩いてるんだもんな? …………なあ?」

 先生は顔を赤くして黙り込んだ。だが、鮫島がしつこく返答を促すと、かすかに頷いたようだった。
 すると鮫島はにやあと笑って、それをまた、先生の中に押し込んだ。

 黒くて太いのが先生のそこへ出たり入ったり、出たり入ったりした。先生のお尻に存外スムーズに出入りするそのブツは、いわば、おとなサイズだったから、私のも入りそうだなと、不謹慎にも目算してしまったよ。男のサガだね。

 先生の中はやわらかくて、あたたかそうで、思わずごくっと生唾をのんだ。先生の艶めいた顔も、声も、想像していたよりもはるかに美しかった。手に入らないとわかっていながらも、いや、わかっていればこそ、私は彼の凌辱されるところから、目を離すことができなかった。

 私のそれはすっかり反応していた。その股間をぎゅっと握られ、私の肩はびくっと跳ねた。鮫島が下卑た笑みを浮かべていた。

「桃ちゃん」と、いやぁな声で鮫島が言った。以前に生徒指導室で、私を机に押しつけて言ったのと、全く同じ声だった。

「桃ちゃんも入れてほしいってか? あ?」

 彼はズボンの上から私のを揉んだ。――――実に不愉快だった。彼の下品な物言いも、手つきも。それに何より、彼の容貌は、よく言っても十人並みなんだ。醜いと言ったらかわいそうだけれど、美しくもない人とは、一夜どころか一分だってお断りだ。それに何より私は、お尻に男のブツを突っ込まれるなんて、絶対にごめんだった。

 ベッドに押し倒されたあとも、私は本気で抵抗した。先生にも、助けを求めた。でも猫柳先生は見ているばかりで何もしてくれなかった。その時になって、私はようやく悟ったのだ。彼は鮫島の被害者ではなく、共犯者なのだとね。

 ――――猫柳と鮫島とは、危険なスリルを味わいながら、嗜虐と被虐の快楽に溺れる性的倒錯者であり、共犯者だ。そして猫柳に強い性的関心を持つと同時に、鮫島の性的対象となっていた私を、彼らは新たな共犯者として選んだのだ。マンネリ化していた彼らの性生活に新たな風を入れるために。――――というのは、まあ、かの名探偵の受け売りなんだけどね。

 ともかく先生は鮫島に協力的だった。鮫島が私を押さえつけている間に、先生が、私のタイをほどいた。そしてそれを、私の両手に引っかけた。私はとっさに両手に力を込めた。

 手首をくくられてしまったが、幸い、素人の結び方だ。私なら二分もあれば抜けられる。

 腕のネクタイを徐々にゆるませながら、私は服をはぎとろうとする鮫島に抵抗した。身をよじって粘ったが、カーディガンとシャツは最終的にボタンを飛ばされて陥落した。せめてズボンの方は死守しようと努力はしたものの、先生も手伝っての二対一では無駄な抵抗だった。

 私はすっかりひん剥かれてしまった。縄が似合いそうだといって、先生が私の腹を愛撫した。大好きだったはずの先生が、その時は少し、恐ろしく感じた。

 二人の手が、舌が、私の肌をまさぐった。何やらぞわぞわする感覚もそうだが、彼らの距離があまりに近いのが、私を悩ませた。腕の方はそろそろ解けそうだったが、よし拘束を解いたとしても、こう二人に覆いかぶさられていては、逃げ切れそうにない。

 と、鮫島の尻ポケットに携帯電話のささっているのが見えた。

 私は彼らの目を盗んで、靴下を片方脱いだ。そして、鮫島の腰に足を絡ませて、そのまま、つつつと、下ろしていった。鮫島は私の肌を吸うのに夢中らしく、気づいていない。そこで私は先生に喋りかけて、彼の気を引きながら、慎重に足を動かした。

 守備よく、携帯を足の指でつまんだ。そうっと抜き取っても、鮫島は気づかなかった。あとは落とさないよう死角へゆっくりと運んで、手探り(というよりもこの場合は足探りか)でボタンを押すだけ……だが、私の足元でぐしゃぐしゃになった布団の中に、携帯を隠そうとしたところで、先生が私の足首をつかんだ。

「ダメだろ? 桃園。いたずらしちゃあ……」

 先生は携帯を取り上げて、鮫島に私の悪事を報告した。それでいよいよ私は、鮫島の機嫌を損ねてしまったようだった。

 彼は眉間にしわを寄せて、私に言った。

「なあ、おい、桃園よ。お前たしか、兄弟がいたよな」

 私はぎくっとした。確かに私には、二人の弟がいる。入れ替わっても気づかれないほどによく似た、一卵性の兄弟たちだ。

「お前によく似て、かわいいよなあ」

 奴の手が私の頬を撫でた。

「一緒にかわいがってやったって、いいんだぜ」

 かわいい弟たちが鮫島の魔の手にかかる―――。想像しただけで血の気が引いた。私は慌てて懇願した。

「だ、だめだよ。エイト君たちには、何もしないで」
「じゃあ、どうしたらいいか、わかるよなあ?」

 私は唇を噛みしめて、体から力を抜いた。



◆飴と鞭

 男の肉体の中で、セックスに使えるところなんて、女性のそれに比べたらそれほど多くない。だというのに、私は方々をこき使われた。

 鮫島のをくわえさせられた時には顎が外れそうだったし、それを下に突っ込まれた時には、ひどく痛かった。

 鮫島は人一倍大きなそれを、ゴムもつけずに、私の中へ乱暴に出し入れした。一応はローションを使ってくれたようだが、初物なのだから、もっと丁重に取り扱ってほしかった。しかし最後まで私の意見が尊重されることはなかった。

 私のそこが鮫島に凌辱される間、先生は私の頭をなでてくれた。時々はキスもしてくれた。吐き気のするような苦痛の中で、まだほのかに甘いそれだけが救いだった。無残に散り果ててもなお胸中でくすぶる恋の余熱に、私はいつまでもしがみついた。




【NEXT】


小説らしくわかりやすく書くことを意識すると語りとして不自然になり、自然な語りを意識するとセリフの存在やもろもろの描写自体が不自然を生むという一人称文体のジレンマ
一般小説ではこの問題を解決するために一人称文体の時には手記・聞き書き・出版物の形式がとられることが多いですが、しゃべくり枠物語(LIVE)スタイルだともうどうしようもないですね!
うーん やっちまったな!