※本作品にはR-18程度の性的表現が含まれます。18歳未満の方は閲覧をお控えください。


◆オトモダチ

 いつもなら私を置いてさっさと登校してしまうエイト君が、その朝は玄関先で待っていた。道中で虹谷(にじたに)君も合流した。虹谷君というのは、エイト君の友達で、保健室の猫柳先生とは校内の人気を二分するほどの美少年だ。

 虹谷君はとてもすてきな人だったけど、美しい彼を見ていると、猫柳先生を思い出してしまった。そうすると芋づる式に鮫島のことも思い出された。

 ホームルームが終わったら保健室に来るよう、鮫島には言われていた。またあの乱暴者に好き放題されると思うと気が滅入ったが、エイト君たちとお喋りしていると、多少、気は紛れた。
 話は弾みに弾んだ。他愛のないお喋りは、始業のベルが鳴るまで、絶え間なく続いた。ちょっと名残惜しいが、彼らとは別のクラスだ。エイト君たちは「またあとで」と言って、自分の教室に入っていった。

 私はたいてい、授業中は、隣近所の生徒に絡んだり、先生に絡んだり、次の悪戯の準備をしたり、あるいは教室外でこっそりと活動するのが常だった。しかし鮫島にお尻を奪われたせいで、私はすっかり牙を折られてしまっていた。

 席について良い子にしていると、担任なんかは焦って、保健室へ行くのをすすめてきた。でも私はもう保健室なんか絶対行きたくなかったから、首を振って机にへばりついた。


 その日は土曜日だった。半ドンの授業が終わると、エイト君たちは私のクラスを訪れて、どこかへ昼飯を食べに行こうと誘ってきた。

 鮫島に呼ばれていたので、私は丁重に断った。もちろん鮫島の名前なんて出さずに、適当に理由をつけてね。しかしどうしたわけか、エイト君は一向に引かないのだ。食べる食べないでエイト君と押し問答をしていると、不意に肩が重たくなった。

「桃ちゃんは俺と昼飯食うんだよ。……なあ?」

 鮫島だった。――さあっと、全身の血の気が引いた。

 彼は私の肩を抱き寄せた。私が何も答えずにいると、彼の視線は、私と瓜二つの顔立ちをしたエイト君に、ネットリと絡みついた。

 心配げな顔で私の返答を待つ二人に、何もかも打ち明けて、縋りたかった。彼らと楽しくお喋りをしながら、美味しいご飯を食べたかった。でも、私が下手を打てば、今度はエイト君たちが鮫島の毒牙にかかるのだ。私にとても良くしてくれる彼らに、憂き目など見せるわけにはいかない。私は震える指先を胸の前で握りしめ、あえて二人に微笑んだ。

「うん。そうなんだ。彼と約束してたから……またね、エイト君。虹谷君」
「ふうん。そう。……じゃあ、また」

 私はエイト君たちに背を向けた。私は鮫島に肩を抱かれながら、彼と友人であるかのようにふるまった。上手くやれているはずだったが、エイト君が駆け寄ってきて、私の肩を軽くトンと叩いた。

 彼はポケットに片手を突っ込んで、私の学生鞄を、本を持つようにつかんでいた。

「忘れ物だぞ」
「ああ。ありがとう」

 手を伸ばすと、エイト君は私に鞄を差し出した。私は取っ手を引いたが、鞄は私の手元に来なかった。

「エイト君。……意地悪しないでくれよ」

 そう言うと彼は不服そうに、鞄からゆっくりと指をほどいた。




◆支配と隷属

 人気もまばらになりつつある校舎内を悠然と闊歩し、鮫島は保健室の戸を開いた。美しい共犯者がニッコリと微笑んで、扉に鍵をかけた。

 のどかなランチタイムなど、あるはずもなかった。

 ベッドに私を押し倒すや、鮫島はジッパーを下ろし、私にそれをしゃぶるよう指図した。そうして固くしたのを、私の中に力ずくでねじ込んだ。

 昨日の今日だ。擦りつけられると、傷にしみて、ひどく痛んだ。なんなら昨日より痛むくらいだ。鮫島は満足したようだが、私はちっとも良くはない。泣きたいくらいヒリヒリしたが、鮫島に涙を見せるのは癪だったので、唇を噛んで我慢した。

 私にとっては不運なことに、その週は日月と連休だった。

「たっぷりかわいがってやる」

 ニタニタ笑いながら肩を抱く鮫島に連れられて、私は先生の車へ乗せられた。
 連れて来られたのは、どうも猫柳先生の家らしい。

 鮫島の指図で、私は家へ電話をさせられた。連休中は、友人のところへ泊まる。家族にそう伝えると、私は電話を切った。

 悪魔たちの宴が始まった。

 鮫島は欲望の赴くままに私を犯した。

 彼は相変わらずゴムなんてつけてくれやしなかった。

 回数を重ねるにつれ、体の方は徐々に慣れてきた。巨根でもって蹂躙される痛みは、だんだんと薄れていった。しかし奴の放ったのがどろっとあふれてくる感触は、何度味わっても、眉をひそめずにはいられなかった。

 猫柳先生は、鮫島に飼いならされていた――――というより、どうも彼の方が、鮫島に惚れ込んでいるようだった。鮫島が私ばかりを構っていると、私を敵視しさえした。

 気だるい疲労感に包まれながら、私は美しい先生が鮫島に抱かれるのを、ぼんやりと眺めた。
 かつて私の胸をあたためた恋の熱は、連休の終わる頃にはすっかり冷めはてていた。腰をくねらせて快楽に悶え、鮫島に懇願する彼の姿は、艶っぽいというより、むしろ哀れだった。

 私もいずれ、彼のようになるのだろうか。鮫島の嗜虐趣味に迎合し、被虐を甘んじて受け入れるようになるのだろうか。絶対的な支配と服従とを、悦びと感じるように……。

 …………しかしまあ、どうせ征服されるのなら、腕ずくで組み敷き、わがまま勝手に振る舞う暴君ではなくて、もっと、こう…………。

 そんなことをつれづれと考えていると、不意に私の腕を、鮫島がつかんで引き寄せた。彼のごつい手は、じっとりと汗ばんでいた。その感触はとても不快で、触れられたそばから体の温度が失われていくかのようだった。振りほどきたかったが、私にも学習能力は備わっている。抵抗してわざわざ殴られるほど馬鹿ではない。

 ――――そういえばエイト君の手は、もっときれいで、あたたかかったなと、私はふと思った。


 ようやく家へ帰る許しが出たのは、連休の最後の夜も終わりかけた頃だった。

 玄関のドアを開けるやいなや、エイト君が駆けて来た。彼は半ば飛びつくようにして私を抱きしめた。あんまり唐突だったので、私は靴を脱ぐひまもなかった。

 エイト君は何も言わなかった。だが彼のぬくもりに包まれているだけで、私の心身の疲労は和らいだ。ちょっとは、兄らしいことをする余力も生まれた。いつまでもくっつき続ける彼の背中を撫でてやっていると、末の弟が、ひょっこり顔を出した。のんきな彼は「おかえり。プリンあんよ」と言って、またリビングに引っ込んだ。

 私の服の下に撒き散らされた汚い痕跡など、何も知らない無垢な弟たちだ。かわいい彼らを守るために、私はまた明日もがんばろうと思った。



◆演劇少年

 だが週明けには、私の憂鬱なる日々は終わりを告げた。

 猫柳先生と鮫島とが保健室で睦み合うその現場を、写真部と新聞部がすっぱ抜いたのだ。

 美人教諭のスキャンダルで校内は揺れに揺れた。

 私との淫行も芋づる式に明るみになった。だが、あろうことか、私ならざるものが校長室で、濡れごとの一部始終を切々と告白したらしい。聞くところによるとそいつは教師たちの前で服を脱ぎ、歯形とキスマークまで見せたとか。

 私は完全にパニックだった。

 十中八九、弟のどちらかだが、問題は歯形とキスマークだ。そんなものは自分ではつけられない。となると、まさか、鮫島は既に弟に手を出していたというのか。私は、末の弟が家に帰ってきたところをつかまえて尋ねた。

「末広! 鮫島たちと何かあったのかい!?」
「あるわけない」

 青い丸めがねをかけた彼は、足を止めずにすたすたとダイニングまで歩いていった。そしてハンバーガーショップのテイクアウトの山をテーブルに置き、中身をあさりはじめた。

「俺、女の子好きだし」
「じゃあ、エイト君? いや、でもそのめがね……」
「俺だよ。……あれだろ? 校長室で一肌脱いだって話だろ?」
「そう。それだよ」
「うん。俺俺」
「俺俺、じゃなくてだね」

 私は末の弟の手をぴしゃりと叩いて、紙袋を取り上げた。

「歯形とキスマークをお披露目したって聞いたよ。一体誰だい、君にそんなことしたのは」
「詠人だよ。…………一芝居打ったら、バーガーおごってくれるっていうからさ」
「エイト君が? どうして?」
「知らね」

 彼は別の袋からハンバーガーをいくつかとドリンクを取り出すと、椅子に座った。コップの蓋を開けて、中のシェイクをストローでぐるぐるかき混ぜる彼に、私は尋ねた。

「知らない、って……。末広、君ねえ。なんだってろくろく事情もわからないで、そんなこと引き受けたりしたんだい」
「だって詠人が、この世の終わりみたいな顔して頼むからさあ」
「エイト君が?」
「うん」

 彼はがぶっと、ハンバーガーにかぶりついた。

「珍しいじゃん。そういうの」
「……それだけかい?」
「それだけだけど?」

 彼は一つ目をペロリと平らげ、早くも次に手を伸ばした。

「たったそれだけのことで、君はあんな、貧乏くじを引いたのかい?」
「貧乏くじなんかじゃねえよ。見せ場、見せ場」

 こともなげにそう言うと、彼はあっという間に二個目を平らげ、最後の一口をシェイクで流し込んだ。

「ああ、そうそう。お前謹慎になったけど、詠人が代わりに生徒指導室で反省文書いてくれるってさ。だから明日は、お前が詠人……あっ」

 彼は私の顔を見て、はたと思い出したように、めがねを外した。そして紙袋から赤いのを出して、自分の耳に引っかけた。

 私の事情を知ってか知らでか。弟たちは二人して、口裏を合わせて、私の替え玉を演じようというのだ。私なんぞのために。
 ありがたいやら申し訳ないやらで、涙がこぼれそうだった。私は袖で顔を覆った。

「…………何があったか、知らねえけどさあ。もっと、俺とか詠人とかに、頼ったらいいのに。家族なんだからさ」

 何かがさがさ音がした。温かいものが私の腕に触れた。

「やるよ」

 私は包みを開いて、それにかじりついた。バンズは湿って、少ししょっぱい味がした。



◆日曜探偵

 私がハンバーガーをひとつ、胃に収めたころだった。リビングの扉が勢いよく開いて、エイト君が飛び込んできた。

「やったぞ二人とも。全治三か月だ!」
「何が?」末の弟が尋ねた。
「鮫島だよ。階段から転げ落ちたのだ。ハハハハハ! ざまあないね!」

 彼は上機嫌に笑うと、テーブルの上に目を向けた。末広は順調なペースで平らげていたが、まだハンバーガーは十個近く転がっていた。

「ばかだなあ末広。一度に買ったって食べきれないだろ。しかもハンバーガーばっかりこんなに。ばかだなあ。チキンとかポテトとかサラダとか、もう少しバランスというものを考えてだね」
「うるせえなあ。イケると思ったんだよ。……おい!」

 エイト君は手早くハンバーガーの包みをあけてかぶりついた。

「おい! 俺のだぞ!」
消費を(ひょーひほ)手伝って(へふはっへ)やってるんじゃないか(はっへふんははひは)

 エイト君は末広の手をひらりとかわすと、二つ目のハンバーガーをくすねて、ベストの中に押し込んだ。さらにジュースと三つ目のハンバーガーを掠め取り、逃げるようにしてリビングを出た。

 私はエイト君のあとを追いかけた。

 部屋のドアを閉めると、私はエイト君に尋ねた。

「ねえ、エイト君」
「ん?」
「どうして…………」
「おっと、みなまで言うな。君の言いたいことはわかってる。どうして末広に替え玉を頼んだかって話だろう」

 彼はにやっと笑って、手の中のハンバーガーを一つ私の方に放った。慌てて受け止める。

「そう……どうしてだい?」
「先手を打っただけさ。鮫島と猫柳の関係は、写真があるから揺るがせないが、君の方は、君さえ黙っていれば犯罪の証拠というものはないのだからね」

 そう言うと、彼はベストの中のハンバーガーを出して、机の上に置いた。

「末広には、泣きの芝居をさせた。
 二人の退廃的な関係性を補強しながらも、自身は絶対的な被害者であるように……つまり概ね事実と思われるところを、君に代わって述べさせた。鮫島は以前君に振られた恨みがあるし、猫柳は君の悪戯に散々悩まされた恨みがある。信憑性は十分だ。

 もちろん末広は現場にはいなかったわけだから、細部にはほころびが出るだろう。しかし末広の嘘を指摘すると、鮫島と猫柳はより不利な自供を強いられる。脅迫、拉致、監禁、強制わいせつ……。国家権力を動かすに足る刑事事件の自供をね。

 …………僕が思うに、猫柳と鮫島は、危険なスリルを味わいながら、嗜虐と被虐の快楽に溺れる性的倒錯者であり、共犯者だ。そして猫柳に強い性的関心を持つと同時に、鮫島の性的対象となっていた君を、彼らは新たな共犯者として選んだ。マンネリ化していた彼らの性生活に新たな風を入れるために。

 つまり彼らの主眼にあったのは、快楽の追求そのものだ。犯罪行為なんてのは、彼らにとって、より良い快楽を得るための手段に過ぎない。そしてその、たかが手段のために、手が後ろに回って目的が果たせなくなるというのは、彼らとしても避けたい事態なわけだ。

 追加の罪状を免れるために、二人の取れる道は一つ。末広の証言を否定することだけだ。
 そして鮫島たちが君との関係をキッパリと否定し、君を切り捨てた時を見計らって、新聞部が校長室に突入する。すると打ち合わせ通りに、あらかじめ仕込んでおいたサクラが証言を撤回する。末広演じる君が、実は自分の話したところは、センセーショナルなニュースをより面白おかしくするための演出だったとタネを明かす。

 ーー君らしい、いつもの悪戯だ。校長はほっとして、末広演じる君に、いつも通り、形ばかりの謹慎を言い渡す……。

 かくして君の男子としての面目と、悪戯職人としての誇りは守られる。
 しかし猫柳と鮫島が淫行を行なっていたことに依然変わりはない。生徒に手を出した猫柳は、まあ懲戒免職だろう。鮫島は悪くても退学だが、それだとちょっと甘すぎるね。しかし末広の言を肯定してしまうと、一生懸命に秘密を守ろうとした君のがんばりが無駄になってしまうから、そこは仕方がない……。まあ、おいおいお返しはするつもりだが、差しあたっては校外追放プラス病院送りという形で我慢してくれ。

 ……ああ、そうそう。君はまた生徒指導室で缶詰になることになったけど、そこは僕が引き受けるからね。君は『私』の謹慎が明けるまで、虹谷君とでも遊んでいたまえ……」

 エイト君は私の顔から青いめがねを取り上げた。そして自分の黄色いのを私の耳にそっとひっかけると、彼は私のをかけて、にやっと笑った。

「ところで……言い訳するわけじゃないけど、時間がかかったのはこいつのせいなんだよ」

 彼は鞄から写真を一枚出した。鮫島と先生と、そして私との、保健室での情交現場が、窓からのアングルでばっちり収められていた。

「写真部に猫柳フリークがいてねえ。まあ早い話、猫柳のストーカーなんだけどね。それだけになかなか事情通で、こっちの痛いところもつかんでいる。もしも猫柳の邪魔をしたらこれを暴露すると、生意気にも言ってきたのだよ。
 なかなか嫌な手だよ。この写真が明るみに出て困るのは、向こうは鮫島と猫柳の二人きりだが、こっちは君だけでなく、僕と末広まで割りを食うんだ。しかも写真を握っているのは猫柳の子分だ。自分たちの顔に隠しを入れることなんてわけはない。いざという時の保険を用意して、自分は高みで淫蕩生活なんて、あの先生、なかなかの狐だよ……。
 まあでも、安心したまえ。もう片はついた。今度の号外に掲載させたのは鮫島と先生の写真だけだし、ネガも焼き増しも全部処分させた。君の写ってしまった写真は、これが最後の一枚……」

 エイト君は窓を開けた。ライターで写真を焼き、その灰を夜風に流してしまうと、彼はパンパンと手をはたいた。

「一件落着、ってわけだ」

 エイト君は大きく一つ、ため息をついた。
 私も感嘆の息を洩らしかけたが、彼の言葉に、ふと、釈然としないものを感じた。

「…………んん? ちょっと待ってくれよ。号外に掲載『させた』って何だい。それじゃまるで、写真部や新聞部が君の配下みたいじゃないか」
「そうだよ。連中には、僕らの調べたところを、そっくりそのまま書いてもらったんだ。元・猫柳フリーク、今は虹谷フリークの彼から、写真を一枚頂戴してね。まあ、こんな特ダネもなかなかないからね。そこのところの交渉は簡単だったよ。ははは」
「僕らの調べた? じゃ、じゃあ、君は私が何も言わないでも、全部自力で調べて、片づけてしまったってことかい?」
「そういうこと」

 エイト君はにっこり微笑んだ。

「遅くなってごめんね。…………もう、大丈夫だからね」

 あたたかい腕が、私の背を包んだ。
 彼は子供をあやすように、ぽんぽんと、私の背を撫でた。昨日の晩、私が彼にそうしてやったのと同じように。

 これではどちらが兄だかわからない。年端もいかない少年に慰められていると思うと、何だか照れ臭かった。だが、それ以上に私は嬉しかった。

 もう、鮫島と肌を合わせなくてもいいのだ。恋した人の媚態を目の当たりにして、失意に沈まなくてもいいのだ。エイト君たちと、いつでも一緒にいていいのだ。そう思うと感極まって、私の目から熱いものがこぼれ落ちた。

 シャツの袖が、濡れた目元を優しく拭った。

「もう泣くなよ。君には、僕がついてるんだから。な? だから、もう泣くんじゃないよ……」

 穏やかな声に、私は何度も頷きを返した。

 エイト君にはどれだけ感謝してもしきれなかった。末広にも、虹谷君にも。言葉ではとても表しつくせないくらいに、私は彼らに感謝していた。

 だからこそ、私はまた、鮫島のもとを訪れることに決めたのだ。――怪我が治ってから、私の大事な人たちに、奴が悪さをしないとも限らなかったので。



◆告げ口

 私は果物籠を引っ提げて病院に向かった。その道すがらで、ちょうどエイト君と虹谷君とが、連れ立って歩いてくるのにばったりと行き会った。
 リンゴ入りの籠と私とをまじまじと眺めながら、エイト君が言った。

「見舞いかい?」
「うん、そうだよ」
「まさか鮫島じゃないだろうね」
「いいや。その鮫島にお見舞いに行くんだ」
「なんてこった。ストックホルム症候群だ」

 エイト君はその場にしゃがみこんで、頭を抱えた。
 私が首をかしげると、虹谷君が優しく教えてくれた。

「簡単に言うと、犯罪の被害者が加害者に好意を持つことだよ。この場合は、君が鮫島にかな」
「何言ってるんだい。私は鮫島なんか大嫌いだよ。顔も見たくないくらいだ」
「なんだ」

 エイト君はすっくと立ちあがった。そして彼はまた私のことを、頭のてっぺんからつま先まで、じろじろ眺め回した。

「じゃ、なんだってわざわざ?」
「それくらい推理してみたまえよ。ミス研諸君」
「お。言ったな。見てろ」

 エイト君は歩きながら、顎に手を当てて考え始めた。そんな彼の様子を微笑とともに見守っていた虹谷君が、ふと口を開いた。

「でも詠人には難しいかもな。なんせこの事件の決まり手は、どちらかといえばルパンの仕事だったから……」
「おい。それは秘密の約束だろ」

 エイト君は虹谷君を小突いた。私には何のことやらよくわからなかったが、あとで虹谷君が、こっそり教えてくれた。

「詠人が鮫島の携帯をすったんだよ。それで、保健室の危ない三角関係の裏が取れたんだ。まあ、君が鮫島に連れていかれたあとも、おれたちちょっとついていったから、猫柳もグルってことは比較的早い段階でわかってはいたんだけどね。車で撒かれちゃったもんだから。……ごめんね」

 虹谷君の手が伸びてきた。その手が私の髪に触れる前に、エイト君がつかんで放った。

「越権行為は慎みたまえ」

 虹谷君は肩をすくめた。
 それからまたしばらくして、エイト君の目を盗むようにして、虹谷君が耳打ちした。

「おれはなるべく合法的にやりたかったんだけど、詠人がね。『鮫島あの野郎、殺してやる』って、鉄パイプ一本で保健室に突っ込んで行こうとするもんだから。…………なだめるの大変だったよ。危うく通りすがりの生徒にも通報されるところで……まあ、それがかの猫柳のストーカーだったわけなんだけど……」
「へえ……」

 と、相槌を打ったところで、私はふと思い出した。あの野郎殺してやると言っていたそのエイト君、たしか、その野郎が怪我をしたと言って、大はしゃぎしてやしなかったか。

「なあ、虹谷君。まさかと思うけど、鮫島のケガって…………」
「偶然だと思うよ。…………たぶんね」

 虹谷君は意味深な笑みを浮かべた。私はそれ以上の追及を放棄した。


 病室は鮫島一人の貸切のようだった。――あるいは、性格に難のある彼と他の患者とのトラブルを避けるための病院側の措置だったのかもしれない。なんにせよ、好都合だった。
 問題は、彼らの方だ。私は振り返った。

「君たち、どこまでついてくるんだい」
「どこまででも。……ボディガードだからね」と虹谷君が言った。
「僕のね」エイト君がつけ足した。
「詠人には護衛なんていらないと思うけどなあ」
「うるさいなあ。さっきからずっとうるさいなあ。もう帰りたまえよ」
「いやいや……おれには『権利』があるからね。せっかくいただいたんだから、ちゃんと有効活用しないと」

 エイト君は舌打ちした。仲の良いことだ。
 私は仲良し二人を、ラウンジまで追い返した。

「すぐ済むから。君たちはその辺で適当にいちゃいちゃしていたまえ。私も私で、じっくりネットリ、白雪姫と楽しんでくるからね。……覗いちゃいやだよ?」
「……なるほどねえ」

 そこまで言うと、どうやらエイト君は察したらしい。ちらっと私の手にした籠に目を落とすと、彼は肩をすくめた。

「了解。どうぞごゆっくり」




◆華麗なる逆襲

 カーテンをめくって私が顔を出すと、鮫島は目を丸くした。
 ちょっとお見舞いに来たと言うと、彼は何か信じられないものでもみるような顔つきで私を見た。

「どういう風の吹き回しだ?」

 私は微笑んで、彼が身を置くベッドに寄りかかった。そして彼に恋しているふりをした。君の立派なモノが忘れられないといって、口づけしてやりさえしたよ。内心吐きそうだったけど、そういう作戦だったのでね…………。

 私は手足をギプスで固めた彼に手土産を見せた。そしてその流れで彼に切り分けて、手ずから食べさせてやった…………。

 私はリンゴに触れた手をきれいに洗って、病室を出た。それからほどなく、鮫島のうめき声がした。作戦は成功だ。
 用が済むと、私は悠々と撤収した。

「ご機嫌だね。いたずらマイスター」

 振り返ると、エイト君がいた。どうやら壁にへばりついていたらしい。彼は早足に私を追い越すと、にやにやしながら尋ねた。

「駄目押しの一撃は何だったんだい?」
「毒リンゴさ。……下剤入りのね」


 以後も私は、鮫島のもとに足しげく通った。手を変え品を変えて、鮫島を痛めつけるためにね。

 水を飲みたいといえば、清涼飲料水と偽って飽和食塩水を飲ませてやり、手淫を乞えばトウガラシ入りのローションで丹念に愛撫してやった。局部にはちみつを塗りたくって、こっそりベッドにムカデを放流したこともあったよ。

 鮫島は多少の抵抗を見せたけれど、手足をもがれた不良少年など、赤子も同然だった。

 毎日のようにそうしたお見舞いを続けて二週間ほど経ったある日、鮫島が、もう来ないでほしいと言い出した。私は、彼の怪我がよくなるまで復讐を続けるつもりでいたので、あえて渋ってみせたが、どうしてもと泣いて頼むものだから、不承不承、お別れをすることにした。

 そして私と鮫島との危険な関係は、きれいさっぱり片がついたのだった。


【NEXT】


Q.長男めがねかけてたんですか?
A.ポンコツ筆者がクライマックスまで存在を忘れてたんですねえ……。



・スリ  武彦に鞄を渡す前  鮫島が武彦の左肩を抱いてかなり密着している状況で左手に鞄を持って接近(右手はフリー、自分の鞄は虹谷に押しつけた)  武彦の左肩(鮫島の左側)を叩き、鮫島が左から顔を向ける時に右手で素早く抜いて袖に移し、自然な動作でポケットにIN  なお携帯は必要なデータを集めたのちに落し物として堂々と交番に届けた という感じでどうだろうか